一なるものの法則 第一巻 ラー文書 - #1-4-11 カーラ11

◆心霊手術
更新日:2018/09/24
lawofone.info?s=Intro#book-i-introduction

フィリピンとメキシコの心霊手術に関するお話です。一時分けていましたが、心霊手術の話は一緒にしました。
  • 文書の本文でない私個人の感想・解釈・注釈等は『(※』『※)』で囲っています。
  • この「一なるものの法則」他は、常に更新されています。最新のものはL/L ResearchのサイトのLibraryから見て下さい。
  • 翻訳された書籍が売られていますので、私の翻訳じゃあ役に立たん!という方は購入してみて下さいね。

The Law Of One: Book I
THE RA MATERIAL
(Copyright © L/L Research)
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p.42 - 46
<前> <目次> <次>

私が1976年初めにした仕事は私がする最後のものとなりました。私は複数の合併症を伴う若年性関節リウマチと呼ばれる状態であって、一つがSLE(※=全身性エリテマトーデス※)で、私の腎臓が衰えた13歳の頃からの、一般的に狼瘡と知られるものです。1956年、現在ではこれら腎臓不全に有効な進歩した技術はありませんでした。実際、私が生き残ったことは奇跡だと考えられますが、それぞれの腎臓のほぼ半分を失って生き延びました。

不利な条件にかかわらずとても長い間生産的で活動的な物理的生活を送ることができたのは、とても幸運であると私自身は思います。今でさえ、運動、ダイエット、友人達や信念の助けがあり、私は最も恵まれていると感じます。しかし、私の活動は限界があります。

ドンと私がその点に手を入れた調査は、大いに普通でない型の癒しの知識の中に私達をもたらし、私の障害が幾分、この型の癒しの調査へと私達の身をとても誠心誠意に置かせることになりました。心霊手術は正当な手術とは逸れた関係だけがあり、正当な医学とは関係がありません。それは、全て「信仰による癒し」の類で、証明が不可能で、普通で一般的な反応では、科学者からだけでなく題目についてどんな調査もしていないどんな人からも、自動的に「無視」されて全く不信とされます。

これ(※=心霊手術※)は期待されるものです。長年の調査がなければ、これはおそらく私達の反応もそうであったでしょう。しかしながら、私達は、心霊手術を調査するほとんどの人たちのように、この可能性を調査することによって失うものはなにも無いことを知っていました(※=駄目もとで調査する※)。心霊手術の患者は決して失うものはありません。なぜなら患者の物理的な肉体には実際になにも起こらないからです。それは本当に癒しの心霊的な儀式です。その結果、私達は心霊手術の可能性の試験に参加しに、フィリピンとメキシコの両方で時間を費やしました。

これは心霊外科医が目に見える兆候として作り出したものの例です: フィリピンの寝室で; 患者は服を脱がされ、個人の謙遜のために必要であろうこれら衣服を保持しておき、大抵の場合、一般的にモーテルのバス・ルームから拝借したような、簡単なシャワー・カーテンで覆われたベッドの上に横になります。癒し手、宗教家、ルソン島の火山の「原野を歩く」ヒーラーになるために荒野で祈ることにしばしば人生の10年か12年を費やした人が、部屋に入ります。彼はおそらく聖典を除いてなにも持って来ません。しばしば癒し手は、私達の文化に親しみのある用語を使う通訳、より正確な用語を使い片づけをする手術の助手、として果たす助手を同行させます。

癒し手は通常は少なからずの英語を知っています。彼または彼女は両手を使い、体の上で動かしたり、手のひらを下ろしたり始めます。私達は、これはちょうどエックス線検査機が体を検査するような方法だ、と知らされます。「手術」のための箇所はそれで選ばれ、もし癒し手が右利きなら、左手が肌に対してしっかりと押されます。肌は切り離されるように見え、体の内側が見られます。この現れはとてもリアルに見え、作業する本物の心霊外科医を見て現象を注意深く学ばない人は、体が素手で開かれたと断言するでしょう。右手はそれから開いた箇所に入り、体の中を処理します。

私が参加したものの中で最も興味深い事例で、癒し手は私が関節炎だということを告げられました。彼は助手の助けを借りて私の体を検査しました。そして彼は腹腔を開け、まるで液体の流れる音が聞こえるような動作で丁寧にしかししっかりと、関節というよりはむしろ臓器のようなものを引きました。それは私、患者にとって、不快ではなく、不可解でした。私は臓器の中に関節炎など持っていないのに。彼はそして、中央に硬い物質の小さい欠片がついている、3つのやや小さくて長い血塗られた物質のようなものを取り除きました。これを行うと、彼は左手をどかしました。「切り口」はどの種の傷跡や痕跡もなく消えました。2人の人が、この場合、まず相当な量の血で濡れた箇所を拭い、彼らの手をすすぎ、そしてベビー・オイルを取り、静かにマッサージをしながらお腹の肌の上に塗りました。

癒し手が腹部での作業でしていることを私が尋ねた時、通訳は私の要請を中継し、検査が私の右の卵巣上に3つの嚢腫があること、長年のとても活動的な生活を通して両方の卵巣の位置違えや落下を起こしたこと、の知識をもたらしたという情報を中継し返しました。引いたことは私が月経中に不快にならないように卵巣の位置を調節するためでした。嚢腫の除去も同じ目的を持っていました。

私がとても若い女性だった時に私の婦人科医はこれら三つの嚢腫を診断したのですが、そのような会話は面白いものでもないので、私はドン・エルキンズに、それどころか、誰にもそれらを決して話したことはありませんでした。一人他の人がこれら嚢腫を知っていました。私の母ですが、彼女は12,000マイルも離れたところにいたのです。

アメリカに戻った時に私は婦人科医にその個所を検査してもらい、彼は三つの嚢腫はもはや触知できないことを確認しました。それらは消え去ったままで、私の月経の周期の快適具合は調和するかのように遥かに良くなりました。

ベビー・オイルのマッサージはとても簡素化されていて、祈祷が提供され、癒しが促進されるように保護的な灯りが影響を受けた箇所の周りに可視化される、磁気治療の質素な型です。

部分の除去のために体を開き、体を閉じ、血と全ての他の物質の現れは、幽霊の物質化とUFOの物質化のようなものと同じタイプの物質化であるということは、ドンと私の確信です。したがって、私達はこの心霊手術の標本(※=摘出された臓物のようなもの、ですね´ω`;※)を保存しようといういかなる試みもしませんでした。これは今日に存在する科学的手法の厳格さを満たしていないことに私達は気付き、しかし、兆候のそのような解析の結果を探すことによってはなにも見つからないことは私達の確信です。

人の癒されることの望みの大きさにかかわらず、自身の体が物理的もしくは心霊的に開かれるので、多少恐ろしく不安に、とてもトラウマになるように思えるでしょう。一度癒し手の手があなたの上に置かれると、この現象を経験した私が話した人と同じように、はっきりとした感情的で精神的な気持ちの変化が起こります。心霊外科医はそれを聖なる霊の出現と呼びます。それはこの現象の考慮すべき部分です。

1977年の終わりから1978年の初めにかけて私達は、メキシコの心霊外科医、非常に長年の間活動していたパチータと呼ばれる七十八歳の女性を調査するために、アンドリア・プハリッチ博士と彼の研究仲間とメキシコ・シティまで同行しました。その才能は、パンチョ・ヴィラの軍隊ともにいた戦場で彼女にもたらされました。フィリピンのように、彼女の患者のより多くは現地の人よりもアメリカ人でした。彼女の技術で一つ異なることは、彼女の出身の文化でした。フィリピンの心霊治療は、三百年前のスペインの宣教師によって教えられた非常に厳格なキリスト教信仰から来ました。キリスト教はほとんど全てのフィリピン人百姓の生活の中心でした。大半の日の内の大部分、ドンと私は1975年の聖週間の間そこに居て、私達はそこで行われている冷静に厳格な型のキリスト教信仰の証拠を見ることができました。例えば、心地よい金曜日に、マニラの街道を通る十字架の盛大なカトリック・パレードがありました。このパレードについて異なることは十字架に磔にされる人がいることです。多くの人がその位置(※=十字架に磔※)を競いました。それに到達した人は、コメントを尋ねた時、とても賞揚を感じ次の年も再び選んで欲しい、と簡単に答えました。

メキシコで、もしキリスト教信仰が全ての場所に存在していたなら、それはしばしば、過酷で考え込ませる非常に強いインディアンの信仰に上書きされるでしょう。メキシコのピラミッドの険しい踏み段上の汚れのないマヤの虐殺の記憶が思い出されるでしょう。

その結果、パチータは5インチの刃のとても切れ味の悪いナイフを使いました。彼女は私達の反応、私は実験台だったので特に私の反応を見るために、研究グループ全体の中を見回りながら通り過ぎました。彼女の「手術」は私を腹部を下に横たわらせた状態にしていたので、私は何が起こったのか直接の評価を述べることはできませんが、ナイフが私の背中の中へと4インチ消え、脊椎を横切るように急速に動いたように見えた、とドンは私に知らせました。これは数回繰り返されました。パチータは、彼女が言うには、私の腎臓に作業していました。私達はそれが何ももたらさないであろうことを知っていたので、再び私達は「証拠」を保存するつもりはありませんでした。多くがそれの生み出すものの解析によって心霊手術を調査しようと試み、決定的でない結果か、心霊手術が詐欺であることを起訴するには無効の結果のいずれかしか見つかりませんでした。

ジョン・フラーによる本、Arigo、そのニックネームの南米の癒し手と共におこなったプハリッチ博士の初期の作業で、心霊手術が注意深く検査され、この普通でない題目のこれら興味深いことを調査し始めるのにちょうど良い本です。このメキシコの体験の見込みのある結果を検証するために、私は正統な医者を当たることができないでいました。これは、もし腎臓がもうすでに十分なほど悪く傷ついているのなら、腎臓を検証するために使われる手続きはもう一度再び腎臓に不全を起こしかねないという事実のためで、そのようなリスクを負うことを期待できる医者はいませんでした。プハリッチ博士自身は、私にこの手続きを行うことを望んでいませんでした。

頓挫などもあり、心霊現象のとても極端な領域の調査は最も興味深く、有益で、患者であったり、一歩一歩、調査していることについての仮説を証明しようとするよりもむしろ単にデータを収集するためにその題目に取り掛かる調査者にとって価値のあるものです。The Ra Materialで、この型の物質化の兆候は論じられ、情報は全く興味深いものです。


心霊手術を紹介する番組は一時期は結構やっていましたが、ぱったりとやらなくなっちゃいました。あまりにも胡散臭すぎるのか、それとも見た目がそこそこ衝撃的だからなのか(´▽`;)
そこらへんのホラーゲームに比べても大したものではないので、見たことない人は動画でも探してみてはいかがでしょう。焼き肉で生レバー、おっと、これも食べられなくなって久しいんだっけか、まぁ、ホルモンを菜箸やらトングやらで掴むようなもんですw しかし、肉類はほぼ食べなくなったなぁ…
日本で放送されていた映像には、カーラさんがここで書いているようなお腹が開いている様子は映ってなく、手の指が入っているように見える様子しか映されていないのが嘘くさいと思われる原因ともなっちゃっていますね。